株式投資するなら知っておきたい理論株価[株式価値・企業価値]

株式・債券

株式投資において、「理論価格」という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか?

実際の株価とは異なるため、理論価格は使えないものと思いがちですが、その算出方法を理解すると、実はあながち軽視することができないものだとわかります。

そこで、ここでは理論株価について詳しくみていきましょう。

株式の理論価格

そもそも株式の価値を考えるにあたって、その考え方には「絶対価値評価モデル」と「相対価値評価モデル」があります。

株式の理論価格は、その本源的価値(絶対的な価格)に注目しており、絶対価値評価モデルに属します。そして、絶対価値評価モデルには株式価値評価モデルと企業価値評価モデルの大きく2つの体系があります。

絶対価値評価モデル

絶対価値評価モデルは株価が常に本源的価値(Instric Value)と一致しているという市場の効率性に基づいた考え方であり、その価値を定式化しようというアプローチです。

絶対価値評価モデルには、「株式価値評価モデル」と「企業価値評価モデル」の大きく2つの体系があります。

また、注目するポイントが「キャッシュフロー」であるか「残余利益」であるかによっても2つに分けられます。

なので「株式価値評価モデル」「企業価値評価モデル」×「キャッシュフロー」「残余利益」の組み合わせによって4つの方法があり、それぞれは同じ前提では等価(同じ結果)となりますが、実際に適用するにあたっては制限があるため、うまく使い分けていくことが重要です。

株式価値評価モデル

株式価値評価モデルは企業評価をその企業の株式の本源的価値を推定する方法です。

株式価値評価モデルは本来知りたい株式価値を求める明快さがある一方、そのドライバーとなる配当やROEを推定するにあたり、企業の配当政策や資本政策による影響を考慮する必要があるという側面があります。

企業価値評価モデル

企業価値評価モデルは企業評価をその企業が持つ負債も含んだ企業価値で行う方法です。

企業価値評価モデルは企業活動を自然にモデル化することが可能である反面、企業価値から負債価値を考慮する手順が存在することで、本来知りたい株式価値を求めるにあたっては煩雑な方法となります。

負債を含むことで余計な手順を入れるということは、その推計誤差にも影響を受けやすいのも特徴です。

相対価値評価モデル

相対価値評価モデルは、絶対的なバリュエーションに代わり株式評価尺度を用いた相対評価で株式を評価する方法です。

使われる指標としては、PER、PBR、配当利回りなど、おなじみのものが使われます。

この記事では相対価値評価モデルやそこで使われる指標について詳しく説明しませんが、関連する以下の記事もおすすめです。

[PBR/PER]割安株・成長株とは?見るべき指標は?[ROE]
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株式のバリューへの投資・グロースへの投資とは何か?[バリューはオワコン?]
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ここからは実際の理論株価の考え方について見ていきましょう。

株式価値評価モデル

DDM(Dividend Discount Model)

DDMは日本語では「配当割引モデル」と呼ばれており、割引キャッシュフローモデルを株式に適用した方法です。

これから紹介するモデルの中で、もっともシンプルな方法です。

DDMでは、将来得られる期間\(i\)の配当\(D_{i}\)を現在価値に割り引いて足し上げることで、その株式の本源的価値\(V\)が算出されるとするものです。

\(V=\displaystyle\sum ^{\infty }_{i=1}\dfrac{D_{i}}{\left( 1+k\right) ^{i}}\)

株式価値評価モデルにおいて、現在価値に割り引くための割引率\(k\)は、リスクフリーレートではなく、投資家が要求する期待投資収益率を使うのがポイントです。

投資家から見れば、その企業へ投資するにあたってリスクが存在するため、その不確実性に対してリスクフリーレートよりも高い収益率を要求します。

企業から見れば株式で資金調達することに伴い発生するコストであることから、この投資家が要求する期待投資収益率を株主資本コストと呼ばれます。

実際には将来永劫に向かってその配当についてはわからないため、いくつかの仮定を置いて計算することになります。

ゼロ成長モデル:将来にわたって配当が一定と仮定

将来にわたって配当が一定と仮定とした場合、初等的な数学の計算により、配当\(D\)を株主資本コスト\(k\)で割ることで本源的価値を求めることができます。

\(V=\dfrac{D}{k}\)

定率成長モデル:将来にわたって配当が一定の比率で成長すると仮定

将来にわたって配当が一定の比率で成長すると仮定とした場合、初等的な数学の計算により、配当\(D\)を(株主資本コスト\(k\) - 成長率\(g\))で割ることで本源的価値を求めることができます。

\(V=\dfrac{D}{k-g}\)

成長率をどのように見積もるか?

配当の成長率\(g\)をどのように求めるかは難しい問題です。売上や経常利益は見込みで企業が出してくれますが、配当増額については蓋をあけてみないとわからないのです。

企業が増資を行わず、純資本の増加が内部留保のみであると仮定すると、クリーン・サープラスの関係から、サステナブル成長率は自己資本利益率\(ROE\)に内部留保率\(b\)をかけることで得ることができます。

\(g=b\times ROE\)

EBO

EBOは残余利益モデルと呼ばれており、残余利益モデルを株式に適用した方法です。

なお、EBOはこの理論の提唱者であるニューヨーク大学のOhlson教授および研究者であるEdward、Bellの名前にちなんでいます。

残余利益モデルにおいて、本源的価値はある期末の純資産\(B_{0}\)に、将来にわたって残余利益を株主資本コストで現在価値に割り引いて足し上げることで算出します。

\(V=B_{0}+\displaystyle\sum ^{\infty }_{i=1}\dfrac{E_{i}-kB_{i-1}}{\left( 1+k\right) ^{i}}\)

残余利益とは、その期末の純利益\(E_{i}\)から、その期初の純資産に株主資本コストをかけた\(kB_{i-1}\)を差し引いて算出され、資本コストを引いてなお残った利益部分が該当します。

残余利益モデルによれば、株主資本コストを上回るROEをあげることが企業価値の向上につながることがわかります。

しかし、将来の純資産が直接数式に組み込まれており、残余利益モデルそのもので本源的価値を算出することは、実務的には難しいでしょう。

企業価値評価モデル

DCF(Discounted Cash Flow to Firm)

DCFは日本語では「割引キャッシュフロー法」と呼ばれており、割引キャッシュフローモデルを負債を含めた企業価値全体に適用した方法です。

DCFでは、その企業が将来得られる期間\(i\)のフリーキャッシュフロー\(CF_{i}\)を現在価値に割り引いて足し上げることで、その企業の本源的価値\(V\)が算出されるとするものです。

\(V=\displaystyle\sum ^{\infty }_{i=1}\dfrac{CF_{i}}{\left( 1+k\right) ^{i}}\)

フリーキャッシュフローは、税引後事業利益\(NOPAT\)に(現金支出を伴わない)減価償却費を足し戻し、設備投資と運転資金を差し引いて定義されます。

\(CF=NOPAT(税引後事業利益)+減価償却費-設備投資額-運転資本増加額\)

税引後事業利益\(NOPAT\)は、営業利益に受取利息や受取配当金を足して計算される事業利益から、税金を差し引いて計算されます。

\(NOPAT(税引後事業利益)=\left( 営業利益+受取利息+受取配当金\right) \times \left( 1-税率\right) \)

なお、企業価値評価モデルにおいて現在価値に割り引くにあたっては、株主資本コストではなく、債権者に帰属する分(債権者の要求収益率)を加味した加重平均資本コスト\(WACC\)を用います

EVA(Economic Value Added)

EVAはスターン・スチュワート社が開発した指標であり、登録商標にもなっています。残余利益モデルを模したような計算方法です。

\(V=IC_{0}+\displaystyle\sum ^{\infty }_{i=1}\dfrac{NOPAT_{i}-kIC_{i-1}}{\left( 1+k\right) ^{i}}\)

EVAでは投下資本\(IC(Invested Capital)\)という概念を導入します。長いので数式で書きます。

\(IC=有利子負債+株主資本+繰延税金+少数株主持分+連結調整勘定+有利子負債以外の固定負債\)

先ほど出てきた残余利益モデルの純資本をICで、純利益をNOPATで置き換えたのがEVAモデルにおける企業価値となります。

一見するとEVAモデルは複雑で使いにくそうですが、実は投下資本の事業価値に占める割合が高いため、予想の持つ将来の不確実性の影響を抑えた企業価値評価ができるというメリットがあります。

リアル・オプション評価モデルによる説明

ここまで株式価値評価モデルと企業価値評価モデルについて紹介してきましたが、これらとは異なるアプローチも紹介しておきましょう。

それがリアル・オプション評価(Real Options Valuation; ROV)と呼ばれているものです。

この方法はオプション理論を応用したものであり、DCFに似ていますが、将来キャッシュフローの発生確率を変換しリスクを調整した期待キャッシュフローを、リスクフリーレートで割り引く「リスク中立化法」によって計算されます。

事業の拡大や撤退、工場の閉鎖や再開など、企業には重要な意思決定がたびたび起きますが、これまでの株式価値や企業価値による評価方法が必ずしも有効であるとは限りません。

リアル・オプション評価モデルのメリットは、これまで紹介してきたような静的なモデルでは説明が難しかった、意思決定の柔軟性を価値評価に取り入れることができる点です。

デメリットとしては、柔軟であるが故、多くの場合では現実の問題は複雑すぎるため、リアル・オプション評価を適用するにはかなりの簡略化が必要であること、完備市場を前提としたオプションモデルを完備でない現物市場に適用することの妥当性などがあげられます。

しかし、リアル・オプション評価はプロジェクト型のビジネスへの適用がさかんになってきており、上流事業である石油・ガス産業、新薬開発成否の影響が大きい製薬産業などで広がりつつあります。

リアル・オプション評価モデルの例

ここではもっとも単純な例として二項モデルを用いたリアル・オプション評価モデルを紹介してみます。

元手が100必要となる新規事業を始めるにあたり、1年後に40%の確率で150、60%の確率で50の価値になる見込みがあるとします。事業がその事業環境に依存するというのはよくあることですね。この場合、期待値\(E_{V}\)は以下のように計算できます。

\(E_{V}=150\times 40\% + 50\times 60\% = 90\)

事業価値の1年後の期待値\(90\)が元手\(100\)を下回るため、この事業により企業価値は押し下げられることになります。

一方、この事業を開始するか選ぶことができるとします(延期オプション)。リアル・オプション評価モデルでこの延期オプションの価値を評価してみます。

まずはオプション評価理論に基づきリスク中立化確率\(q\)を求めます。無リスク利子率\(r\)を5%とすると、以下の式を立てることができます。

\(100=\dfrac{x_{1}q+x_{2}\left( 1-q\right) }{1+r}=\dfrac{150\times q+50\times \left( 1-q\right) }{1+0.05}\)

この式を\(q\)について解くことで、\(q=0.55\)、つまりリスク中立化確率は55%です。この測度変換のもと、事業の価値は以下のように計算できます。

\(E_{V_{q}}=\left( 150\times 55\% + 50\times 45\%\right) \times \left( 1+0.05\right)=105 \)

延期オプションでは、新規事業を延期するか(行うか)を選べるため、事業環境が良い場合には\(\max\left( 200-105, 0\right)=95\)、事業環境が悪い場合には\(\max\left( 50-105, 0\right)=0\)の価値となります。

最終的に、この延期オプションの現時点での価値は以下の通りです。

\(V_{q}=\dfrac{95\times 55\% + 0\times 45\% }{1+0.05}\approx 49.76\)

ここで計算した例のように、決定論的な評価方法(事業を行うとしたときの単純な期待値)と比べ、リアル・オプション評価モデルは意思決定の柔軟性を評価できることがわかります。

なぜ実際の株価は理論株価に一致しないのか?

ここまで株式価値や企業価値を算定する様々な方法を見てきましたが、実際の株価は算定された株式価値・企業価値から計算される理論株価に一致しないのが通常です。

市場が効率的であるならば、実際の株価と理論株価の差は直ちに是正されるため、極端な言い方をすれば、個別銘柄投資で超過収益をあげることはできないはずです。

実際の株価と理論株価が一致しない原因としては、いくつかの理由が考えられます。

人によって得られる情報が異なること、将来の成長率の期待度合いが人により異なっていること、市場全体や業界あるいはその企業に対するセンチメントにより評価が変わることなどがあげられます。

このような市場の非効率性は行動ファイナンスなど様々な方法での説明が試みられていますが、現在のところ画一的な理論とはなっていないようです。

まとめ

ここではマーケットに携わるなら理解しておきたい理論株価の決定理論について紹介してみました。現代では金融機関のプロたちは様々な理論を駆使して個別株で高収益をあげようと調査を重ねています。

皆さまにも株式の評価方法について理解していただき、投資に生かすことで少しでも豊かな生活を送ることのお役に立てればと願っております。

伊藤 敬介(著)、諏訪部 貴嗣(著)、荻島 誠治(著)他