「ESG投資」という言葉をご存知でしょうか?
ESGの優れた企業へ投資するESG投資ですが、その本質を理解されていない方が非常に多いと感じます。
「ESGってよくわからんないけど、ESG投資することで世の中がよくなり投資家も儲かるなら、みんなハッピーじゃん?」と思っている方は、もしかすると大きな損をしているかもしれません。
この記事では、近年話題のESG投資についてあえて本気で否定してみます。
ESG投資に対する筆者のスタンス
まず誤解がないように最初に述べておくと、筆者のESG投資に対するスタンスは中立です。肯定的なわけでも否定的なわけでもありません。
では、なぜこんなESG投資を否定するような記事を書くかといえば、「ESGへ投資することが世の中のためになる」「ESGファンドは非ESGファンドとまったく別物」「ESG投資はリターンが大きい」と誤解させ、多くの費用を一般投資家から巻き上げているファンドが多いためです。世間では、実態のないESGへの取り組みやESG投資を非難する用語として、グリーンウォッシュよりも広い意味で「ESGウォッシュ」という造語まで出現しました。
例えばこちらのファンド。日経BPでも紹介された大ヒットファンドです。
ファンド名称からもわかるようにESGをうたったアクティブファンドですが、ESGと名前がつかない以下のファンドと比べても、組み入れ銘柄上位の顔ぶれはあまり変わりません。
月次レポートを見ると、時期により異なるものの、上位10銘柄のうち7〜8銘柄が重複しており、これは銘柄ウエイトで言えばESGのファンドから見て約50%が非ESGファンドと重複しています。さらに下位の銘柄の詳細は不明ですが、銘柄数は非ESGファンドよりもESGファンドの方が多いことから非ESGファンドの投資銘柄を絞っており、実態としては少なくても常時50%以上が非ESGファンドと銘柄が重複していると考えられます。
ここで紹介したファンドはESG・非ESGいずれも購入時手数料3.3%(税込)、信託報酬1.848%(税込)、信託財産留保額0.3%と控えめに言ってかなり高コストです。しかし、もし銀行などの窓口でたくさんのファンドを紹介され、「この非ESGのファンドは残高が数千億円ある人気ファンドです。でもこちらのファンドはさらにESGを重視したものですよ?」と勧められると、このESGファンドを買ってしまいそうです。
営業トークですから本気で聞くこと自体がナンセンスなのですが、非ESGファンドと比較し、少なくても半分は同じような銘柄を組み入れているものをあえてESGファンドとして売るという点に、運用会社としてESG投資に対する哲学があるのかはかなり疑問です。
まぁ運用会社はファンドビジネスですから、まるでコンビニの飲み物コーナーでシェア維持のために同じ飲料メーカーが普通のお茶に加えて「トクホ」「〇〇含有」「期間限定」とかたくさん商品を並べているのと同じです。違うのは「トクホ」表示についてはある程度の医学的な根拠をもとに認められた表示ですが、「ESG」表示については雰囲気で名前をつけられていると言っても過言ではないことです。(こう言うと、運用会社は銘柄選定の根拠を主張してくるでしょうが、各企業のESGに対する取り組み自体、そもそも実効性が不明瞭です)
この記事では、あえてESG投資を否定することにより、ESGへの取り組みや投資そのものを健全化させたいという思いで書いており、特定の企業や投資商品を非難する意図はありませんので、その点はご了承ください。
ESGとは?

まず、ESGについて正しく理解していきましょう。
ESGとは「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の頭文字に由来しており、企業が取り組むべき課題のことです。
ESGとよく混同される概念である「SDGs」と比較してみましょう。SDGsとは、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略です。
取り組む主体 | 意味 | |
---|---|---|
SDGs | 国(政府)、企業、個人 | 国連が掲げる持続的な開発目標 |
ESG | 企業 | 投資対象となるために、企業が取り組むべき課題 |
SDGsとは、環境や社会に配慮した持続可能な社会を築くための「行動指針」として挙げられた17個の目標です。一方、ESGとは、投資において「環境・社会・企業統治」を配慮するべきであるという「観点」です。
さて、企業のESGに関する取り組みを調べてみようとホームページを見てみると、CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)という記載があることに気づくと思います。CSRとは企業の社会的責任を意味し、CSR活動とは組織の社会的責任を果たすための活動を指します。企業は社会構成員として社会に与える影響に責任をもち、持続可能な社会の実現に向けてその責務を果たすことが求められます。CSRは「企業の社会的責任や倫理観をうたった概念」であるのに対し、ESGは「投資において考慮すべき概念」を指しています。
また、SRI(Socially Responsible Investment:社会的責任投資)という概念があります。SRIとは、企業のCSR活動に着目した投資であり、サスティナブル投資とも呼ばれます。非財務情報を評価し投資するという意味で、SRIとESGは一見するとかなり似ています。しかし、SRIは倫理的な価値観を重んじる投資であり、ESG投資とはESGへ注目することで大きな超過リターンを狙うという一種の投資手法であるという点で、概念がまったく異なります。
似たような概念が多く混同しやすいのですが、ESGとはあくまでも投資の上で考慮すべきポイントにすぎない、という点を理解しましょう。
ESGの具体的な内容
ESGへの具体的な取り組みとしては、以下のような内容をあげることができます。
- 気候変動・環境汚染への対応
- 再生可能エネルギーの使用
- 製造から消費までの廃棄物低減
- 地域社会への貢献
- ダイバーシティ推進(国際化・多様化・女性活躍)
- 労働環境・雇用関係の改善
- 積極的な情報開示
- 取締役会の多様性(社外取締役の登用など)
- 投資家への還元
ESG投資の現状
「社会の持続的成長に向けた投資」という観点では、世界的に重要性を認知されてきており、運用総額に占めるウエイトは徐々に高まってきています。その内容は、例えばGlobal Sustainable Investment Review 2020に紹介されています。この点では、欧米に比べると日本はかなり遅れていることがわかります。
ESG投資という意味では、日本のもっとも大口の機関投資家であるGPIFは以下のように表明しています。
GPIFは「長期的な投資収益の拡大には、投資先及び市場全体の持続的成長が必要」との投資原則の考え方に沿って、その運用プロセス全体を通じ、ESGを考慮した投資を推進しています。
GPIFのESG投資の取組みより
まさにここで書かれているのがESG投資のポイントで、持続的成長に向けた投資との本質的な違いであり、持続可能な社会の発展を目指して見ているのではなく、あくまでも収益獲得のための投資銘柄選定という観点で見ているということですね。

なお、GPIFではESG投資の一環として、ESGへの取組みを評価して組み入れ銘柄を決める「ESGインデックス(指数)」へ連動する投資を行っています。
ESG投資を否定する理由

ESGについて正しく理解したところで、ESG投資とはという点に立ち返ると、ESG投資とは、企業のESGへ注目することで大きな超過リターンを狙うという投資手法です。
ここでは実際にESG投資を否定する3つの理由を紹介していきます。
理由①ESGを独自のアクティブリターン要因として説明することが難しい
理由のひとつめは、投資する上で根本的なポイントなのですが、ESGという観点での投資がアクティブリターンを得るための新しい切り口となるのか?という点です。
これに対する答えは「分析によっては、ESG投資は市場平均より優れるとも言えるし、優れないとも言える」です。
例えば、Googleで「ESG アクティブリターン」というワードで検索してみると、いかにESGに注目して投資することが優れるかという記事が検索上位に多く出てきます。ほとんどが金融機関や運用会社が出しているデータなので、そもそもこの時点でビジネス的なバイアスがありそうなものの、ここではその点は気にしないでおきましょう。
問題なのは、ESGにより獲得できるとされるアクティブリターンは何により説明されているのか?という点です。
ESGに積極的に取り組んでいる企業は、その多くが既に成長している大企業です。考えてみれば当然のことで、ESGに取り組む余裕のある企業は財務的にも健全であるはずという考えに至ることはさほど難しくありません。
つまりESGに注目して得られるとされるアクティブリターンは、既によく知られている他の要素、例えば「比較的昔からある、その国を代表する大企業」「健全な財務体質」「十分な収益性」といった特徴で十分に説明できるのでは?ということを否定できません。
「アクティブリターンの要因としてではなく、企業の責任ある取り組みや思想・哲学に対して投資するんだ!」と反論する投資家もいらっしゃるかもしれませんが、先ほど紹介したように、そもそもそれはESG投資ではなく、社会的責任投資(SRI)という観点です。
ESG観点での銘柄選択を新たな切り口でのアクティブリターン要因として説明できない、というのが理由①です。
余談ですが、もし本当にESGに超過リターン要因があるなら、ESGの優れた企業はESG要因が既に株価に織り込まれているはずです。ESG要因で投資する価値がある企業とはESGがギリギリ評価されないライン上の企業であり、評価されるようになったら株価が一気に上がるはず、とは思いませんか?アライアンスバーンスタインでは、「劣等生」「汚名返上効果」と表現されていたのが興味深いです。
理由②ESGに優れた企業へ選択的に投資を行うことが、成長途上にある企業の発展やESGへの取り組みを妨げる
理由のふたつめは、ESG投資が社会の発展を妨げる可能性です。
そもそも企業にとって株式とは資金調達方法のひとつという側面があり、その企業の株価が低迷すると増資などによる資金調達が不利になり、企業の成長が妨げられることがあります。
そして、新しい企業が成長しないということは、新しい技術や商品が生まれず、社会全体・経済全体が停滞する原因となります。これは新しい企業だけでなく、既存企業にとっても同じです。
理由①でも出てきましたが、ESGに取り組む余裕のある企業というのは、すでに成長した余裕のある企業です。逆に、ESGに取り組む余裕のない企業というのは、成長途上の企業であったり、ESGに取り組みたくても余裕のない企業のことです。
ESGに対して選択的に投資することは、このような成長途上だったりこれから取り組もうとしている企業の活動を妨げることに繋がります。これは、世界において成長や発展を妨げる要因となります。
理由③そもそもESGへの企業の取り組みが不明瞭、かつ評価しにくい
最後の理由はタイトル通りです。ここでは、シュローダーというイギリスの有名な資産運用会社が出したデータを見てみましょう。

実は、主要なESG評価機関を見てみると、ESG格付に共通性はほとんどありません。同じ企業に対して高評価を付与する機関と低評価を付与する機関が分かれるケースは多く存在するというのが上のデータです。グラフを見ると評価機関ごとに相関はそれぞれ異なっており、ESGレーティングにコンセンサスがないということがわかります。
アメリカEV大手のテスラがその最たる例であり、ESGの観点では格付機関次第で印象が全く変わります。E(環境)という点では電気自動車は優れたビジネスに見えますが、G(ガバナンス)という観点だとCEOであるイーロン・マスク氏の行動は目立ちすぎです。ESGという観点では、テスラは評価者により評価結果がまったく異なってしまうのです。
また、ESGへの取り組みの評価についても注意が必要です。ここでは「グリーンウォッシュ」の例を紹介しておきましょう。
グリーンウォッシュとは、実際にはESGに取り組んでいないのにもかかわらず、あたかもESGに取り組んでいるように見せることです。
2008年、ベルギーでハイブリッド車の広告に使用した「Zero emissions low(CO2排出量ゼロの低さ)」という表現について、実際の数値などとの関連性が明示されておらず、グリーンウォッシュであるとの指摘がありました。これを受け、トヨタは広告を取り下げています。
2018年、マクドナルドはイギリスとアイルランドで展開する店舗全てで従来のプラスチック製のストローを紙製のストローに切り替えました。当初紙製のストローは100%リサイクル可能とされていたため賞賛を集めましたが、実際には使用された紙ストローはそのまま廃棄されていたことが明らかになり、グリーンウォッシュであるとの批判を受けました。
このように、ESGへの取り組みは定量的にも定性的にも適切に評価することが難しく、長期投資に活用する上で十分な知見が蓄積されていないという問題点があります。
まとめ
ここまでESG投資について、概要や特徴について紹介してきました。
ESGの要素そのものは投資に限らず企業の重要な課題である一方、一部のファンドではいかにも投資へのチャンスであるかのように謳い、多くの手数料を一般投資家から巻き上げているのは事実であり、このような状態を放置しておくのは業界として不健全ですし、投資に対する世の中の目が厳しくなり、ひいては社会全体にとって大きな損失となる可能性があります。
私個人としては、公的年金や機関投資家は、ESGのように高いリターンを得るための方法論ではなく、社会的責任を担うという倫理観に基づく投資、つまりSRIへ取り組むべきと考えています。もちろん、SRIに取り組むことで市場リターンを下回るのであれば、それはそれで受益者利益に反するため難しい問題ですが、とはいえ大口投資家が安易にESG投資へ飛びつくというのは非常にみっともないです。
大口に限らず、投資家であれば投資対象の企業に対し社会的な責任をしっかり果たすよう働きかける、それが本来の投資家の姿であり、本来あるべき投資なのだと考えています。
皆さまにはESGという概念について正しく理解していただき、資産形成に生かすことで少しでも豊かな生活を送ることのお役に立てればと願っております。