投資において、株式と異なり為替は「はっきり決まった価値がない」と言われることがあります。
しかし、果たして本当にそうなのでしょうか?
もし本当に決まった価値がないのであれば、世界中の国で使われている通貨はある日突然使えなくなることが起きてもおかしくはないですが、そんなことはないですよね。
為替レートは相対的な価値であると言い方であれば適切そうですが、そうであるなら為替レートの決定がどのような理論的背景に基づくのかは気になるところです。
そこで、ここでは為替相場の決定理論を改めて振り返ってみます。
為替相場の決定理論
ここ数週間、急激に円安が進んでいます。米ドル、ユーロ、英ポンド、豪ドルなど主要通貨はもちろん、メキシコペソやトルコリラなど新興国通貨に対しても円安が進む(円が弱い)状況となっています。
マーケットに関して詳しくない方の中には、なぜこれほどまでに急激な円安が進んでいるかわからないという方も多いでしょう。
最初に言っておくと、為替相場は非常に複雑で「これを見れば読める」というものはありません。実際、各通貨国の経済見通しが複雑に絡んだ結果が為替相場を形成しており、この記事ではその中でも比較的有名な理論にフォーカスして見ていきます。
なぜこれほど急激に円安が進むのか?この記事では為替レートの決定理論について振り返りながら、その理由を紹介していきます。
為替相場決定理論の2つの異なるアプローチ方法
為替相場決定理論には様々な学説があります。為替需給が生じる要因によって、フローアプローチとストックアプローチの大きく2つの体系があります。
フローアプローチ
フローアプローチは一定期間の取引高から需給を捉える方法です。一定期間に生じる対外取引の受取と支払の金額をもとに、為替レートが決まるとするものですね。
固定相場制の為替市場を背景に提唱された理論が多く、一般的に古典派理論と呼ばれています。
ストックアプローチ
ストックアプローチは一時点の資産残高から需給を捉える方法です。
ストックアプローチはさらに「アセットアプローチ」と「マネタリーアプローチ」に分けられますが、後者のアセットアプローチが理論の中心です。
ストックアプローチに基づく理論は、1970年代以降に変動相場制の為替市場を背景に唱えられた理論であることから、近代派理論と呼ばれています。
近代派理論はより新しく提唱されたものですが、かといって近代派理論が古典派理論より理論的に優れているわけではない点には注意が必要です。
なお、為替トレードの世界ではどの理論に基づく為替レート変動が支配的であるかとは言い難く、インフレ率(物価)、金利、格好の経済見通しおよびセンチメント(相場の雰囲気)がが複雑に絡み合う点には注意が必要です。
古典派理論
国際収支説(国際貸借説)
"The Theory of Foreign Exchanges"(1861), George Joachim Goschen(1831-1907)
「為替の需給は国際貸借の状況により決まる」と考える理論が国際収支説(または国際貸借説)です。そして、国際貸借の状況を一定期間の経常収支から捉えるアプローチが提唱されました。
例えば、日本の経常収支の黒字は、為替レートを円高ドル安となるように作用します。経常収支が黒字であれば、日本が受け取る外貨を円に換える動きが起こり、外貨を売って円が買われるためです。
逆に、日本の経常収支の赤字は、為替レートを円安ドル高へ作用させます。経常収支が赤字であれば、外国に外貨を支払う必要が生じるため、円を売って外貨を買う動きが起きるということですね。
国際収支説は、19世紀後半から第1次世界大戦頃までの金本位制の時代に支持されていました。当時の国際収支は、大半が経常収支(ざっくり言えば貿易やサービスのやりとり)であったため、経常収支により為替の需給関係を把握できていました。
ところが、1980年代以降、国際収支のうち資本収支(国を跨ぐ株式投資や債券投資など)の占める割合が大きくなり、経常収支のみで国際間のフローを捉えることが難しくなったのです。そのため、「経常収支」と、1年以上の資本の動きである「長期資本収支」を加えた「基礎的収支」の動向を参照するようことが多いようです。
国際収支説の問題点としては、国際収支から為替の需給関係の実態を把握できない点であり、決済のタイミングをずらすリーズ・アンド・ラッグズの動きを、経常収支は捉えられません。また、国際収支のデータ収集方法は各国で少しずつ異なっており、統計データを全面的に信頼できないという点も問題です。
購買力平価説
"Purchasing power parity theory of exchange rates"(1921), Gustav Cassel(1866-1945)
「外国為替レートは、自国通貨と外国通貨の購買力の比率によって決定される」という理論が購買力平価説です。
物やサービスの価格は、その通貨の購買力を表しています。財やサービスの取引を自由に行える市場では、同じ商品の価格は1つに決まります。これを一物一価の法則といいます。取引が自由に行えて価格の情報が十分に与えられるのであれば、海外でも同じ商品の価格は同じ価格で取引されるはずです。
購買力平価に基づく考え方として「ビッグマック指数」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんね。
イギリスの経済誌「エコノミスト(The Economist)」による発表が起源と言われています。マクドナルドが販売しているビッグマックの価格で各国の購買力を比較しようという面白い試みですよね。
ビッグマック指数の例でよく知られている通り、実際の購買力平価を計測することには様々な問題点があります。
さらに、計測そのものだけでなく、購買力平価から示唆される実質為替レートと実際の為替レートの間の乖離が長期間にわたって継続することが普通であり、この乖離は購買力平価のパズルと呼ばれています。
また一物一価に基づく絶対的な購買力でなく、各国の相対的なインフレ率(物価上昇率)の比率に基づき為替レートの動きを捉えようとする「相対的購買力平価説」という考え方もあります。
購買力平価説は、長期的な為替レートの動きを説明するのに適していると言われています。
為替心理説
"Monnaie, Prix et Change"(1927), Albert Aftalion(1874-1956)
「為替レートは市場参加者が抱く投機的心理(思惑、期待、不安など)によって変動する」と考えるのが為替心理説です。
これは、為替レートが、経済活動に関する要因のみならず、政治情勢や軍事情勢などのニュースにも敏感に反応することを説明しようとする理論です。
現代では、マーケットにおいて観察される全ての価格は将来に対する期待を織り込むという「市場の効率性」による説明が自然です。
また、為替心理説はレートの水準や動きについて定量的には何も述べていないため、トレードへの応用という意味ではそれ自体あまり用途がないと言えるでしょう。
近代派理論
近代派理論は、国際投資や投機目的で世界中を横断するお金が増えたことに着眼して導き出された理論であり、ストックアプロ-チを中心に展開されています。
ストックアプローチはさらにアセットアプローチとマネタリーアプローチに分けられますが、アセットアプローチが理論の中心です。
アセットアプローチ
アセットアプローチは、ある一時点の金融資産(アセット)の保有高に注目して、為替の需給関係を見ようとする理論です。金融資産の組合せを意味する「ポートフォリオ」の理論から応用されたものであることから、「ポートフォリオ・アプローチ」とも呼ばれます。
アセットアプローチにおいて、為替レートは投資家による国際間での資産選択を通して決定される資産価格の一種であり、「異なる通貨建ての資産の期待収益が等しくなるように決定される」と考える理論です。
数ある金融資産の種類の中でも、最も安定して信用のある資産として、国が発行する債券である「国債」を対象に考えます。
国債の利回りは「金利」と呼ばれます。金利には様々なものがあり文脈によって意味するものが異なってきますが、一般的に単に「金利」と言えば国債利回りを意味します。
円建て金融資産と米ドル建て金融資産の期待収益率が等しくなるように為替レートが決定される、というのがアセットアプローチの主張です。
この金利と為替の関係は「金利平価説」と呼ばれています。金利平価説については別の記事でも詳しく取り上げています。

2008年頃までは新興国通貨のキャリートレードが有用である時代がありました。これは金利平価説から予想される為替の動きが実際の動きと逆行することも多かったということです。それ以降は金利平価説通りの動きを示しています。
マネタリーアプローチ
マネタリーアプローチは、為替レートの説明変数として金利ではなく資金供給量を用います。特に,資金供給量として各国のマネタリーベースを用います。
マネタリーベースとは中央銀行が国内へ供給するお金のことで、市中に出回るお金の総量のことですから、この総量の国間の比率が為替レートの動きを決定するということになります。
マネタリーアプローチはそれ自体が有用というよりも、日米の通貨供給量の比率と米ドル・円の値動きの相関に着目したチャートである、いわゆる「ソロスチャート」に理論的な説明を与えたという点で画期的でした。
なぜ中央銀行の金融政策が為替レートに影響を及ぼすのか?
最近の円安の原因は、日銀が金利上昇を食い止めるために指値オペ(金利が一定水準を超える場合、国が日本国債を買い入れること)の実行を公表したことです。
少しわかりにくいですが、金利が上がるということは国債の価格が下落していることを意味します。金利が上がるとデメリットがあり、物価上昇や株価上昇をはじめ経済に負の影響を及ぼします。
物価をあげてデフレを脱却したい日本にとって、金利が上がると困ってしまうので、国債を買い入れるということですね。
しかし、インフレ(物価高)に苦しんでいる海外では、金利を上げて国債等の買い入れを縮小しようという流れが普通です。日本だけは海外とまったく逆のことを行っているんですね。この流れの逆行が急激な円安要因となっています。
そもそも、中央銀行の金融政策が為替相場に影響する場合、様々な方法やメカニズムがあります。
- 外貨買い入れ等による直接的な市場介入
- 政策金利変更や資産買い入れを介した金利調整の結果
- 各種ガイダンスや将来見込みに関する発信・発言
特に昨今は中央銀行の金融政策の中でも、政策金利引き上げやバランスシート縮小などが注目されており、為替市場への影響が大きいです。
相場の格言の中に「FRBには逆らうな」というものがあります。FRBとは米国の中央銀行ですね。世界経済の中心とも言える米国の中央銀行がとる政策は「絶対に逆らってはいけない」と言われるほどに相場への影響の規模が大きく、強い方向性を示します。
米国のFRBに限らず、欧州のECB、英国のBoE、もちろん日本の日銀の動きは見逃さないようにしていきたいですね。
まとめ
ここではマーケットに携わるなら理解しておきたい為替相場の決定理論について紹介してみました。現代では為替や原油価格なども含めてマーケットの動きは私たちの生活に大きく影響するものです。
皆さまにはマーケットの動きについて理解していただき、投資に生かすことで少しでも豊かな生活を送ることのお役に立てればと願っております。